大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1164号 判決 1960年2月19日

原告 竹内弥内

右訴訟代理人弁護士 衛藤恒彦

同 盧原常一

被告 中央信用金庫

右代表者 小野孝行

右訴訟代理人弁護士 永野謙丸

主文

被告の原告に対する東京法務局所属公証人鶴比左志昭和二十五年六月十二日作成第九万五千百三十五号金銭消費貸借契約公正証書に基く強制執行は許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件について東京地方裁判所が昭和三十二年二月二十日にした強制執行停止決定を認可する。

この判決は、前項に限り、仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

被告から原告に対する債務名義として原告主張の公正証書があり、その公正証書に原告主張のとおりのことが書いてあることは、当事者間に争いがない。

よつて、まず、本件公正証書の作成嘱託につき篠田義夫が原告を代理する権限を与えられていたかどうかについて判断する。

甲第四号証の三の原告名下の印影は、甲第四号証の八(直正にできたことに争いがない)、原告本人の供述(第一回)と対照して考えると、原告がその印章を押して顕出したものであることが認められ、原告本人の第二回の供述のうちこの認定に反する部分は採用することができない。

これによると、甲第四号証の三のうち原告作成名義の部分は、反対の証拠のない限り、真正にできたものと認められるわけである。

しかし、証人渡辺勇の証言、被告本人の供述(第一、二回)を合せ考えると、原告は渡辺勇が被告から借り受ける金三十万円の債務について保証をすることだけは承諾したが、それについて公正証書を作ることなど誰からも告げられず、全然予想もせず、したがつて公正証書を作ることを納得してその代理権限を他人に与えたことはないと、甲第四号証の三は右の保証契約をするのに必要があるからといわれて、その内容を検することなく書き込みがなく印刷部分だけあるその書面に印だけを押して(署名はせず)、渡辺勇に渡したものであることが認められる。

したがつて、公正証書作成嘱託の委任状としての甲第四号証の三は、原告作成名義の部分に関する限り、真正なものでないと認めなければならない。

証人塩沢三郎は、以上の認定に反し、甲第四号証の三のうち原告作成名義の部分が真正にできた次第をこまごまと述べているがこれは証人渡辺八重子の証言、原告本人の供述(第二回)に照して信用することができない。

ほかに、原告が本件公正証書の作成を嘱託する権限を与えたことを認めることができる証拠はない。

被告は、「篠田のやつた公正証書作成嘱託の行為を原告が追認したから、強制執行認諾条項に関する篠田の行為も、原告に対して効力を生じた」という。

しかし、執行認諾の意思表示は、訴訟行為であるから、民法の適用を受けるものでない。したがつて、篠田のやつた無権代理行為を後日原告が追認したとしても、それが公証人に対してされたものでない限り、その追認は効力を生ずるものでない。被告は、原告が公証人に対して追認をしたといつているのではないから、被告の右主張はそれ自体理由がない。

以上のとおりで、本件公正証書は原告に対する債務名義として有効でないから、その執行力の排除を求める原告の請求は正当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、強制執行停止決定の認可及びその仮執行の宣言につき同法第五六〇条第五四八条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例